女性・家族・社会・文化 互いに学び、平和と発展に協力する国際NGO

日本パシイワとは

<目的>

本会は太平洋および東南アジア地域の女性が、お互いの理解と友情を深 め、協力し合って女性・家族及び社会問題の研究と改善に努め、ひいては世界の平和に寄与することを目的としています。

<沿革>

1928年 ハワイ・ホノルルで汎太平洋同盟主催の最初の汎太平洋婦人会議開催 議長は米国の社会活動家ジェーン・アダムス(女性として2番目にノーベル平和賞を受賞) 市川房枝氏、藤田たき氏他各界代表20名が出席 
1930年 第2回汎太平洋婦人会議で、「汎太平洋婦人協会」を結成し、憲章(Charter)と細則(By Law)を採択し、3年ごとに国際(本)会議を開催することとなった。日本からは前年に設立された「国際連絡婦人委員会」が以後代表を送る。
1938年~1948年 1937年カナダの第4回国際会議以降、第二次世界大戦勃発(1939年~45年)のため10年間国際会議が開かれなかった。
1949年 戦後最初の国際会議が開かれ、日本は1名代表を送る。
1952年 「汎太平洋婦人委員会・日本委員会」結成、以降ここが国際会議への日本代表を選出 国際パシイワが国連経済社会理事会(ECOSOC)の協議資格を取得
1955年 会の名称に東南アジアが加わり、汎太平洋東南アジア婦人協会となる。
1958年 東京で初の国際会議開催
1977年 「汎太平洋婦人委員会・日本委員会」が改組され「日本汎太平洋東南アジア婦人協会」(略称=日本パシイワ)となり、規約作成
1978年 京都支部設立(関西支部 2004年に名称変更)
1984年 東京で2回目の国際会議開催
1986年 愛知支部設立
2000年 国際パシイワがECOSOCとの有協議資格団体からなるコンゴ(CoNGO)の理事に選出される。
2002年 東京で初の中間会議開催(中間会議は国際本会議の中間にその準備のために開催)
2012年 組織改編に伴い新たに規約と細則の制定
2020年 日本パシイワ主催により11月に東京で国際中間理事会の開催が決まっていたが、コロナの世界的パンデミックのため開催辞退(6月) 代わりに国際本部による初のオンライン国際会議となった。

 

<組織図>

<関連機関・協力団体>